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国際平和









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    メルマガ国際平和 No.30         2003年07月06日
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  世界国家の話(6)−基本的人権について

     『世界国家』1950年11月号から転載 賀川豊彦

 経済、社会、文化面

 今日の世界をながめて見ますと、貧富の懸隔は甚だしく、経済的搾取は公然と
行われて、そのために労使間の闘争は絶えることがありません。社会的不安は、
ますます募るばかりで、人種や皮膚の色による差別も、依然として激しく、また
経済方面においても、幾多の障害が横たわっていて、持てる国と持たざる国の隔
たりは、まるで月とスッポンのようです。その他、教育や文化の方面でも均等の
機会が与えられているとはいえません。こうした経済、社会、文化の面において、
世界国家は果たして、どんな役割を演ずるのでしょう。

 何しろこうした経済的社会的不平等とか、人種的差別とか、文化水準の不均衡
とかは、国家内だけでは、とうてい解決できかねるものですから、それだけで、
世界連邦の働きに期待をかけるところも、また大きいのです。

 ところが、こうした面の事柄は、今までに説明したような個々の機関の組織な
どとは違って、機動性をもちますから、具体的に、はっきり規定することは六カ
しいので、ハッチンス博士らの世界憲法草案(シカゴ案)を見ても、抽象的に基
本原則を掲げているだけです。あとは、その時その時の世界議会の立法にまち、
世界裁判所や世界行政府の決定に依るべきでしょう。しかし、その基本方針が大
切です。細目にわたることは、この基本方針から自然と引き出すことができるの
ですから。

 シカゴ案の重点

 世界連邦の構想は、シカゴ案だけに限ってはいませんが、この案は最も代表的
なものの一つなのです。来年一月ローマで開かれる世界連邦憲法起草会議第4回
総会に先立ち、ジュネーブで世界憲法起草会議が蓋をあけますが、おそらくは、
この案は積極的な草案として取り上げられるに違いありません。

(ハッチンス博士らのシカゴ案が、一挙に世界連邦を樹立しようとしているのに
対して、コード・マイヤーらは、差し迫った原子力戦争を回避するため実行し易
いように、必ずしも理想的とはいえないが、現在の国際連合を改造して、世界政
府に変えようではないかといっています。連邦運動としては、右両案のいずれを
とるか、だんだんに判って来ることでしょう。マイヤー説については、いずれ稿
を改めてお話しするつもりです)

 ところで、シカゴ案が、世界連邦政府の権限として最も重きを置いているのは、
どの点かというと、人間の基本的権利――つまり基本的人権なのです。現に草案
前文の直ぐあとに「この憲法において盟約せられ、誓約せられる正義の世界政府
は、人間の権利に基礎を置く」と明記しているのでもわかります。

 まず義務の履行を

 ここで、みなさんに是非知って置いていただきたいことは、基本的人権といっ
ても、権利ばかりを主張するのではなく、それよりも、まず基本的義務が履行さ
れて、はじめて権利が付与させる。ということです。それにつけても近頃の日本
人がとかく、基本的人権のみを口にし、義務の履行を怠っていることは、大いに
反省せねばならぬことではありますまいか。

 シカゴ案には「義務及び権利の宣言」と題して、まず義務の方から規定して
います。

   ……すなわち、言葉、行為により各自の才能に応じたる生産的労働
   を以って、現存の人々及び将来生まれ来る人々の精神的、物質的進
   歩のために奉仕することが、あらゆる世代の人々の共通の責務とす
   べきこと。
    汝、人にせられんと思うごとく、人にもすること。
    暴力を排撃するために法律により命ぜられもしくは許された場合
   を除き、一切の暴力を行使しないこと。

 右の社会的義務及び奉仕が行われた時、はじめて、それに応じて、人たるもの
が地球上到ところで、自己及び同胞のために、次のことを主張し、維持する権利
を与えられると規定しているのです。 

 ・人間の基本的権利
 ・貧困の束縛や、奴隷的労働からの解放
 ・価値と必要とに応じた報酬を保障し、信条、党派、職業の如何を問わず
  平和的な集会、結社の自由
 ・人種、民族、教義、または文化の征服や専制的支配からの保護
 ・右の少数者や反対者の自主決定の尊重。人間の生活、自由、人格の尊重。
  立法、司法部の表明指示する自由と特権の尊重

 なお右の権利に付け加えて、次の如き大胆な宣言がなされているのを注目して
下さい。

 ・人間の生活に欠くことにできない四大要素――土地、水、空気、エネル
  ギーは、人類の共同財産である。
 ・この共同財産の中、私人、団体、国家または地球などの個々の所有に委
  ねられ、譲渡されている部分の管理と使用は、個人主義経済によると、
  集団主義経済によるとを問わず、すべての場合、共同の福祉に従わねば
  ならない。

 この基本的人権宣言により、経済的不平等や人種的差別は大いに緩和されるに
違いありません。

 もしこれが徹底せられれば、暴力革命を経過せずに、社会主義社会が実現され
るだろうって?しかし、右の四大要素を共同財産にするという項目の中に「個々
の所有」とか「個人主義経済」とかの文字があるのを注意して下さい、ここでは
私有財産制を否認してはいないので、ただ「共同の福祉に従え」といっているだ
けなのです。しかし、それだけでも画期的な大宣言であることは疑いを容れませ
ん。

 人類解放の大宣言

 とに角、一方において人にせられんと思うことを人にしようと心がけ、社会連
帯意識に基づいて、社会に奉仕しようとすると共に、他方、暴力もなく、奴隷も
なく、搾取もなく、人種平等で経済行為は常に共同福祉を先とするというのは、
唯物論者の目ざす新社会よりも、遙かに立派な人類解放の新世界だということが
できます。これでこそ地球に新しい春が訪れるといえるのです。世界憲法におけ
る人権宣言こそは、平等と正義への鍵ということができるのです。

 シカゴ案はまだ一草案にすぎません。1948年9月、ルクセンブルグで開か
れた第二回世界連邦世界大会でもシカゴ案の人権宣言は既に取り上げられ、「生
活ならびに社会的、経済的、文化的事項における進歩の水準を高めること」を高
潮し、「人間の権利と自由とを保障すること」を宣言中に謳っているほどですか
ら、やがて起草せられる世界憲法にも、必ずこのことが採り入れられるに違いな
いと思います。

 日本憲法の基本的人権

 皆さんは基本的人権という言葉を、今までに、たびたび耳にしたことでしょう。
そうです。日本国憲法にあるからです。憲法前文には「我等は平和を維持し、専
制と隷従と圧迫と偏狭を地上から永遠に払拭しようと努めている国際社会に伍し
て、名誉ある地位を占めたいものと思う。われらは、すべての国の国民が、ひと
しく恐怖と欠乏から解放され、平和のうちに生存する権利を有することを確認す
る」と、平和の民としての生存権確認を宣言し、また憲法第十条で「国民はすべ
ての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、
侵すことのできない永久の権利として現在及び将来の国民に与えられる」と規定
し、思想、良心、信教、集会、結社、言論出版、居住、移動、職業、研究の自由
や、人種、信条、性別、社会的地位の平等や、教育、勤務その他法律上の権利を
規定していることは、皆さん御存じの通りです。

 これはフランス革命の時、民選議会が発布した「人権及び公民権宣言」の「人
は出生及び生存において自由及び平等の権利を享有する」とあったり、アメリカ
独立宣言中に「人は造物主より、或る譲るべからざる権利を与えられた。生存、
自由及び幸福の追求はこの権利に属する」と記してあるのに、脈を引いているも
のと見るべきでしょう。わたしたちは、世界連邦政府によって、再びこの重要な
る人権宣言のなされるのを期待するものです。

 持てる国は犠牲を覚悟

 基本的人権が世界によって確認せられた時、はじめて地球上から戦乱と不義が
姿を消し、世界平和と、社会の正義が実現します。そして地球全地の人民は、人
間の精神的、物質的福祉が増進され、共存共栄の実をあげることができるのです。
しかし、今日まで栄華を誇って来た国と、階級とは、相当の犠牲を払う覚悟がな
ければならないのです。現に、ハッチンス博士も、アメリカの国民として次のよ
うなことをいっています。

  「正義に根底を置くところに世界連邦政府を樹立しようとするからは、
  地球上で最も繁栄し、且つ強力であるわれわれアメリカの国民は、こ
  のために、われわれのもっている多くの経済的、政治的な利益を棄て
  る覚悟が、なければならない。これと同時に、地球上で、人間以下の
  人民が存在し、そうした人々が、われわれを支配するいかなる政府に
  も参加する資格を与えられないという観念は捨て去らねばならぬ。

   平和を得ようと欲するからは、その対価を支払わねばならぬ。その
  対価とは正義に外ならない。こうして世界連邦政府を作るためには、
  多くの犠牲を払わねばならないが、しかし、戦争のために支払う犠牲
  に比べれば、ほとんど、いうに足りない。

 既得権益も捨てよ

 また前記ルクセンブルグ宣言の基本的人権法の規定の中にも、世界政府が「反
動の道具」となったり、「強国の既存の利益や利権を守る防壁」となってはなら
ぬことを明らかに指示しています、世界政府が樹立された時、まず先に問題とな
るであろう植民地解放についても「自主統治の能力を持つ従来の植民地は独立の
地位を得て、今までの母国との特別の紐帯を維持できるかどうかは、その植民地
自身の採否に委ねる」と明記し、また「自主統治の準備の未だなき植民地は世界
連邦政府の信託統治の下に置かれ、できるだけ早く、自主統治に対する準備を整
うべきである」と規定しています。

 こうして強国や繁栄国の犠牲に対し、弱小民族や持たざる国は、ただ解放の権
利だけを主張するだけでいいのでしょうか。これらの国もまた奉仕の覚悟がなけ
ればならないのです。持たざる国、多年隷属と搾取の下にあった無産階級、人種
的差別をうけた諸民族、強国の圧制下に置かれていた弱小国民は、みな解放され
ますが、世界連邦を「救いの神」とのみ考えずに、人類の福祉のために、世界に
奉仕する心持ちを持たねばならないのです。

 人類は、あまりに永く闘争しつづけて来ました。階級意識の時代は半覚醒期に
すぎなかったのでした。今や人類は、全覚醒期に入りました。十字架意識をもち、
全人類意識に行動表現をとり得る時、世界の歴史は一大展開をし、地球は覚醒す
るのです。(続く)

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 財団法人国際平和協会 編集責任:伴 武澄 mailto:kyokai@jaip.org
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