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財団の歩み
昭和20年8月東久邇終戦内閣が成立したとき、石原莞爾に「内閣顧問として協力してくれ」と依頼しましたが、石原は病気を理由で辞退し、かわりに賀川豊彦を推せんし、賀川は内閣参与に起用されました。東久邇総理は賀川に対して「日本は戦争に負けて世界から孤立状態にある。1日も早く国際復帰をはからねばならぬがそのための方策を講じてほしい」という諮問に応えて、日本の国際社会への復帰と、世界の恒久平和樹立を目的として、昭和20年9月27日首相官邸においてその創立総会を開きました。翌21年4月13日財団法人として文部省認可を受けました。創立時の基本金5万円は、東久邇総理の寄付金でした。当初の役員の顔ぶれは次の通りでした。 理事長賀川豊彦、理事徳川義親、有馬頼寧、関谷貞三郎、姉崎正治、田中耕太郎、河上丈太郎、安籐正純、三井高維、堀内謙介、鈴木文治、岡部長景、監事荒川昌二、松山常次郎、田原春次 創立とともに機関紙『世界国家』を刊行。『国際平和研究レポート』を経て『国際平和』となり、2002年11月『国際平和』を季刊誌として復刊。 昭和47年より小中学生を対象に、国際平和をテーマとしたポスター・作文募集<現在世界連邦建設同盟が継承>昭和50年より国際平和思想の普及のための事業として、高校生を対象に「全国高校平和論文コンクール」高校教諭を対象に「国際平和教育研究会」の開催、海外の平和研究を紹介する「国際教育シリーズ」の刊行を行なってきました。 片山会長亡きあと三木武夫(元首相)、岸三二(元昭和医大学長)、現京都外国語大学副理事長(創立者)森田倭文子が継承。現在、空席。 理事長は長谷川四郎(元農林大臣)、宗像正吉(INA保険会社社長)が継承。金森久雄(元日本経済センター理事長)を経て、現在は理事長代行を置く。 |