国際平和 Quest for International Peace  Spring 2003


目 次

巻頭言

ギニアで山師
となった私
齊藤清

北朝鮮の瀬戸際
外交に封じ手を
斎藤志郎

父親を偲ぶパラオ
鎮魂の旅
伴武澄

グローバル時代に
おける子供の教育
田中豊

日本人移民子弟
への日本語教育
潮厚宏

日本語教育と
ボランティア
藤田千尋

企業の社会貢献
第2回
伴武澄

航空技術の草分け
田中館愛橘
若松立行

賀川豊彦の世界2

編集後記


 奨学金30受給が誇りとなるアメリカの高校生

                 共同通信記者 伴 武澄

 アメリカのサウスカロライナ州の日本企業に勤める若手技術者からメールをもらったことがある。初めての海外勤務としてアメリカ東海岸に4カ月住んだ新鮮な驚きが書いてあった。

 「いやー、こっちの高校の卒業式でさ、奨学金をもらうことになった生徒とか発表するんだけどさ、すごいやつは30ぐらいもらってたぞ」

 息子が地元の高校に行っていた日本人がその卒業式に参加して、こんな感想を洩らしました。日本の奨学金制度や日本人のお金の使い方に対して考えさせる内容でした。私たちのアメリカ論議が始まりました。

 私たちは、アメリカでの奨学金のもらい方、そしてその種類の多さに驚きました。日本の奨学金制度で私たちが知っているのは日本育英会です。ただ育英会の選考基準に保護者の収入が入っています。そのせいとはいえないかもしれませんが、奨学金は貧乏な子がもらうものだと、奨学金をもらうことに少し引け目を感じていました。また企業奨学金もありますが、これは給料の前借り若しくは借金のようなもので、いずれにしろ余りイメージの良いものではないようです。

 しかし、アメリカ社会では奨学金をもらえるのは、その生徒が優秀であるからにほかならず、両親や親戚がどうのこうのは関係ありません。そういった意味で卒業式に奨学金の受領の発表があることは、その生徒の優秀さをまさに賞賛しているのです。また、アメリカの奨学金はほとんどの場合返却する必要がありません。これも奨学金をもらいやすい理由の一つになっています。

 多い生徒で30種類、全員で30人ぐらいの生徒がもらうのですが、こんな3万人ぐらいの片田舎の町の高校で30種以上の奨学金が配布されることは驚きです。しかも、よくよく話を聞いてみると、結構個人で出されていて、地元のピザ屋の親父とか普通の人が奨学金のドナーとなっています。

 金額も500ドルからあり、「それなら俺だって」と思わせるものです。しかも地元の人が集まっている高校の卒業式で「XXピザから1000ドル」とやるのですから、ちょっとした広告です。このような寄付は、アメリカでは無税で必要経費と同じ扱いになります。アメリカは税金が高いので、税金を払うぐらいなら、奨学金に出してあわよくば店の評判も上がってと考える経営者はごまんといるでしょう。

 また、自分の子供が奨学金で大学に行ったりすると、その親は浮いた金で、自分の子供以外に同じように奨学金を出してやろうかと考えます。そしてそれは無税です。年収10万ドルの人は3000ドルぐらい簡単に出すでしょう。現に私も「500ドルぐらいなら出すよな」と思いました。こういった人に金を与えやすい風土なのです。

 将来この子供たちが大きくなった時、財政的な余裕がある生活が出来るようになったら、やはり無償の奨学金を出すでしょう。

「情けは人の為ならず」という諺があります。本来の意味は、情けをかけることはその人の為だけではなく、まわりまわって自分に帰ってくるという意味です。

 しかし最近では、情けをかけることはその人のためにならないから甘やかしてはいけない、という意味に変わってきていると聞いたことがあります。(いつになったら帰ってくるかわからないくらい)将来的な損得を見詰めていた目が、目先の損得にだけにこだわるようになった捻じ曲がった合理主義に、日本人はいつから変わったのでしょう。

 みなさん、この奨学金の話を聞いてどう思いますか。

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財団法人国際平和協会
Japan Association for International Peace