目 次
巻頭言
ギニアで山師
となった私
齊藤清
北朝鮮の瀬戸際
外交に封じ手を
斎藤志郎
父親を偲ぶパラオ
鎮魂の旅
伴武澄
グローバル時代に
おける子供の教育
田中豊
日本人移民子弟
への日本語教育
潮厚宏
日本語教育と
ボランティア
藤田千尋
企業の社会貢献
第2回
伴武澄
航空技術の草分け
田中館愛橘
若松立行
賀川豊彦の世界2
編集後記
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『国際平和』巻頭言
機関紙復刊に当たって『国際平和』というタイトルではなにやら時代遅れにはないか。そんな議論があった。しかし、残念なことに9・11以降の世界情勢の変化によって国際平和という言葉に鮮度が蘇ってしまった。抹香臭い言葉で平和を論じようというのではない。2月15日、対イラク戦反対を訴える大規模なデモが世界規模で繰り広げられた。アメリカでもイギリスでもベトナム戦争以来という規模の市民が参加した。この世界同時性はインターネットがもたらしたものだ。アメリカが開放した軍事科学技術によって、世界市民によるアメリカ包囲網が出来上がるのだから皮肉というより他はない。
『国際平和』の内容は昨年、11月からメールマガジンでも配信を始めた。毎週日曜日に読者に届くシステムである。たった20人の読者からのスタートであったが、2月中旬には読者数500を突破した。この分でいくと次の機関紙をお届けするまでに1000号に届くのではないかと思う。活動を再開して半年でそれだけの読者を得られるというのはインターネットのおかげである。この一年常時接続によるブロードバンドも普及しており、「賀川豊彦」や「国際平和」で検索をかけると間違いなくわが財団のホームページを探し出すことができる。
国際平和協会の活動としては、理事、評議員らのよる勉強会を月1、2回開いている。これまで「北東アジア情勢」「日本語教育普及活動」「賀川豊彦と平和活動」「内なる国際化」などがテーマとなった。毎回10人から20人が参加しているが、事務局兼会議室のキャパシティーをまもなく超えそうな勢い。早くも分科会の必要性が論じられている。こちらはオフラインである。生身の人のつながりの輪が広がっているのである。
神戸、上北沢、本所、鳴門に賀川豊彦記念館があるが、これからはそうした兄弟団体とも交流も深めていかなければならない。賀川豊彦がそうであったように平和を希求し、将来を予見する組織でありたい。(2003年3月)
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