目 次
復刊の辞
新たな展開をみせる
北東アジア
斎藤志郎
アメリカで鉄鋼会社
を経営して
田中 豊
民間大使として
赴任したガーナ
浅井和子
タゴールと岡倉天心
から100年
P.B.シャーカー
スコットランドに
学ぶ地域活性化
山本直美
宇宙旅行の
カウントダウン
若松立行
「賀川豊彦の遺産」
「フィランソロピー考」
−大原孫三郎
伴 武澄
編集後記
|
北東アジアの安全保障と日朝関係正常化
斎藤志郎(元亜細亜大学教授)
はじめに
2000年6月の歴史的な南北朝鮮首脳会談とこれに続く2002年9月の日朝首脳会談により、朝鮮半島の南北和解と日朝関係の正常化、さらには米朝関係の正常化へと北東アジアにおける国際関係の改善に新たな機会が開かれることとなった。南北朝鮮に和解、日本が直面する最大の難関である拉致問題をみても分かるように、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の脅威を緩和する北東アジアの安全保障の枠組みをいかに形成するかがもっとも重要な問題である。
本稿では、金大中韓国大統領と金正日北朝鮮総書記との間の「南北共同宣言」と日本の小泉純一郎首相と金正日総書記との間の「平壌共同宣言」の内容を吟味し、北朝鮮を国際社会の責任ある一員に引き入れることによって、北東アジアの平和と安定を図る外交努力の焦点を明らかにしたい。朝鮮半島をめぐる国際環境は国内の経済危機に体制の存亡を賭ける金正日政権、わずかな任期を残す金大中大統領、北朝鮮を「悪の枢軸」とみなすアメリカのブッシュ大統領に比べ、北朝鮮への経済協力をテコとする我が国の立場が有利に展開しそうな局面を迎えているとの見方もある。しかし、拉致問題などにみられる北朝鮮の態度に依然、したたかなものがあり、日朝正常化交渉には慎重かつ粘り強い外交努力が求められる。
「共同宣言」後の南北関係の進展
2000年6月15日平壌で発表された「南北共同宣言」は@自主的国家統一A離散家族訪問団の交換B経済、社会、文化、環境協力C合意事項の実施に関する当局間対話の開催−などの諸項目を盛り込んでいる。このうち離散家族の相互訪問は8月15日に15年ぶりに実現し、今後も継続的に実施されることになっている。
経済協力の面でもっとも注目されるのは、南北の鉄道を連結する「京義線−ソウル・新義州」の復旧である。六月の南北首脳会談で急浮上した構想で、9月中旬に起工式が行われた。その後、北側の都合で工事は進まなかったが、2002年夏から本格的な工事が始まっている。
京義線は、韓国のソウルと北朝鮮の新義州を結ぶ約500キロの鉄道で、日本が朝鮮半島を植民地支配する以前の20世紀初め中国大陸進出の足掛かりとして敷設したものである。1950年勃発した朝鮮戦争をきっかけに南北に分断され、現在に至っている。
軍事境界線で断絶された京義線を連結するには、韓国側で12キロ、北朝鮮側で8キロの復旧工事が必要で、韓国側の工事は約500億ウオン(約50億円)と見積もられている。北朝鮮は約3万5000人の軍人を動員して工事を進める方針で、韓国も軍隊を動員し地雷の除去作業を行う計画である。韓国の大手財閥である現代グループは北朝鮮と京義線沿線の開城市に大規模工業団地を造成することで合意している。
朝鮮半島の南北鉄道の連結は、京義線が東アジア輸送大動脈、物流ルートの幹線に転換することを意味している。日本は1910年代に朝鮮、旧満州経由の欧州鉄道便に連結、30年代には北朝鮮の主要幹線を通じて新義州から奉天経由で、北京、上海便と連結した。戦後には豆満江を通じて極東シベリア鉄道のウラジオストック、ハバロフスクと連結、さらに冷戦後は北朝鮮の羅津港から日本海寄りの主要港をつなぐ「環日本海経済圏」時代の到来を促している。こうした状況で、南北朝鮮の鉄道連結は北東アジア貿易・経済圏の形成に突破口を開くものと言えよう。
「平壌共同宣言」と日朝関係正常化
2002年9月17日に発表された小泉首相と金正日総書記との間の「日朝共同宣言」は@国交正常化を早期に実現するため、2002年10月中の交渉再開で合意A日本は過去の植民地支配について「痛切な反省と心からのおわび」と表明B正常化後、日本は北朝鮮に無償資金協力、低利長期借款、人道主義的な支援などの経済協力を実施、規模と内容は正常化交渉で協議C両国は財産請求権を相互に放棄D北朝鮮は日本国民の生命と安全の懸案に関して不正常な中で生じた遺憾な問題の再発防止を確認(日本側は拉致問題と説明)E両国は朝鮮半島の核問題の包括的解決のため、すべての国際的合意の順守を確認、北朝鮮はミサイル発射凍結を2003年以降も延長−などの諸項目を盛り込んでいる。
日本側は拉致問題の全面解決なしに国交正常化はありえないと主張、北朝鮮も拉致問題を認め、金正日総書記は謝罪した。しかし、生存者5人、死亡8人という伝達の内容には疑問の点が多々あるとして、日本側家族は納得せず、さらに徹底調査を求め、全面的に解決するまでは国交正常化交渉は進めるべきでない、との日本国内世論が高まった。日本政府は共同宣言で正常化交渉を10月中に再開すると約束しているので、正常化交渉と並行して拉致問題の解決を図るべく、北朝鮮に働きかけるほかないとしているが、日本の国民感情からして、この問題が解決しないかぎり、経済協力などを実施することは困難とみられる。
日本側は過去の清算は韓国に対する賠償と経済援助で解決済みとの立場をとっていたが、共同宣言で北朝鮮の要求に応じて経済協力を行うことにした。1965年の日韓正常化交渉では、韓国側が当初「侵略行為への清算」として、賠償の支払いを要求したが、日本側は「韓国とは交戦してないので賠償責任はない」として、経済協力方式を提案、総額5億ドルで決着した。35年前の5億ドルに見合う額として取り沙汰されているのは60−70億ドルだが、交渉過程での「政治加算」を考えると「80億ドル」という線も出ている。
小泉首相は日朝首脳会談で、金正日総書記に対して、ブッシュ米大統領からのメッセージを口頭で伝えた。メッセージで大統領は北朝鮮の核問題疑惑をめぐる1994年の米朝枠組み合意の誠実な履行を求める強い姿勢を示すとともに、アメリカが米朝対話の窓口を閉ざしていない点などを強調した。
金正日総書記は首脳会談で、小泉首相に「常にアメリカとの対話の窓口を開いている。日本からも伝えてほしい」と要請しており、これが大統領への回答とみられる。こうした日朝首脳のやりとりからみて、朝鮮半島の核問題の解決と北東アジアの安全保障枠組み形成への国際環境は次第に整いつつあるとみてよい。
北朝鮮の積極外交と日米韓
北朝鮮はこれまで、アジアで唯一の安全保障問題を討議する機関である東南アジア諸国連合(ASEAN)地域フォーラム(ARF)などを舞台に積極外交を展開してきた。2002年7月末のARF会議で北朝鮮は日朝、米朝会議を開き、日米韓三国との関係改善を積極的に進めてきた。
北朝鮮の積極外交への転換は、漸進と協調の原則に基づくエンゲージメント(積極関与)政策によって、北朝鮮を国際社会のネットワークに組み入れていこうとする日米韓の連携が功を奏した結果にほかならない。日米韓の政策連携は、1994年の米朝ジュネーブ合意の枠組みを堅持し、南北経済交流と日朝国交正常化をできるだけ早く実現し、それによって北朝鮮に開放政策を促すことである。
このような日米韓の政策に対応して、北朝鮮の金正日政権も対日米韓関係の根本的な改善によって、国際的孤立から抜け出し、国内の経済再建に集中できる国際環境をつくりあげたいという戦力的転換を行ったものとみてよい。
確かに、金総書記の朝鮮半島の現状と世界情勢に関する認識には変化が見られる。もっとも注目すべきは対米認識の変化である。これまで最大の敵であったアメリカに対し「永遠の敵国」ではないとのメッセージを発し、対米関係の改善を先行する政策をとり、米軍の韓国駐留についても柔軟な態度で臨むようになった。次に、朝鮮半島の現状認識、とりわけ金大中政権への認識も変化している。金政権は韓国の政治勢力の中では「親北派」に近い政権であるとの判断に達し、この政権の任期中に外交的な突破口を開きたい考えのようだ。
さらに日本など資本主義国に対する認識も変わっているようだ。彼は「北の精神と南の経済を合わせれば、朝鮮はどこの国にも負けない」と発言し、韓国と一つになった朝鮮は日本と競争できるという自信をほのめかしている。
南北・米朝・日朝関係改善の諸課題
北朝鮮が積極外交に転じたからといって、日米韓との関係が一気に改善するわけではなく、今後に残された課題は多い。南北問題、米朝、日朝関係が本格的な改善にいたるまでには、いくつかの基本的な難問を克服しなければならない。
第一は軍事分野。これは双方の不信感を解消するためにも緊急の課題である。すでに南北国防相会談が実現するなど、一定の前進がみられるものの、軍事力を体制維持の最大の拠所とする北側が、韓国の要求に対しどこまで歩み寄るかは不明である。また、米軍が南北統一後も韓国に駐留する場合、半世紀も経た冷戦体制を平和体制に切り替えて、冷戦の遺制を究極的に終結させるのは日米の責任である。
第二は韓国と北朝鮮の政治動向。韓国社会には半世紀にもわたる北朝鮮との戦争と冷戦のなかで、広範な反共勢力がいまなお権力基盤の一翼をなしており、野党を含む「反北勢力」と「親北勢力」の間の政争の行方が注目されるが、金大中大統領の任期はあと数カ月しかない。一方、北朝鮮側は、これまで韓国とアメリカに対して「必勝」を誓ってきた軍部をどこまで治めることができるか。体制に潜む潜在的危機が構造的に存在するかぎり、今後の開放化に伴う民衆の動向が金正日体制の不安材料になりかねない。やがて、後継者問題という最大の政治課題も日程にのぼってこよう。大勢として、緊張緩和、平和共存の方向に傾いているが、その過程で南北とも劇的な政治転換や一時的な逆流現象も起こりうる。
第三は経済協力の分野。北側が狙うのは韓国の資本、技術、経営ノウハウであるが、南側は北の低廉な労働力、天然資源、潜在的市場などに魅力を感じている。南北の間には確かに相互補完のメリットがあるが、政治の壁を乗り越えた経済的利益の「相互主義」をどこまで実現できるかは未知数である。経済協力こそが、いまの政治と体制の壁を乗り越えた民族統一への道を開くことのできる突破口となることに疑問の余地はないのだが、北側は開放化によって潜入する資本主義の影響を完全に阻止することはできず、体制の維持を優先して限定的な開放さえ一時的に後退することもありうる。
第四に、アメリカの北朝鮮政策の動向が問題である。超大国アメリカは韓国の包容政策に同調して、北朝鮮体制の「軟着陸」を容認したものの、決して金正日体制に「永住権」を与えたわけではない。北の体制崩壊で起こりうる脅威を避けるため、その軟着陸に手を貸しただけである。アメリカの北朝鮮政策は「最終的にその体制は変化する」(ペリー報告)との前提に立っており、経済制裁は解除しても、政治的に「包囲網」は今後も続くだろう。
これらの諸課題を解決するにはなお多くの時間と外交努力が必要なことはいうまでもない。しかし、ASEAN地域フォーラムへの北朝鮮外相の参加とこれを契機とする初めての日米韓外相との会談を通じて、朝鮮半島をめぐる国際環境の改善が新しい段階を迎えたことは確かである。このことが北東アジアを包括する東アジア全域的規模での多国間協力に拍車をかけることになろう。
東アジア地域統合と日本の役割
東南アジアのASEANと北東アジアの日中韓三国の連携を深め、東アジアの地域統合を進めようとする枠組み形成の動きが強まっている。より緊密で一体的な枠組みにするため「東アジアサミット」を制度化すべきだとの提案がシンガポールから出されている。
同国は「東アジア自由貿易圏」と「東アジア投資地域」設定の可能性を探る作業部会の設置を提案。また、日本と中国はIT革命への対応やメコン河開発への協力を約束し、韓国は通貨危機予防のための早期警戒システムづくりを呼びかけている。さらに、朝鮮半島とインドネシアの政治的安定が地域の交流促進のために重要であるとの認識も示されている。
東アジア地域では、1997年の経済・通貨危機以降、その再発防止と持続的成長軌道への復帰のため、アジアの通貨安定機関の創設が重要な課題となっている。経済・通貨危機克服の過程で、国際通貨基金(IMF)のタイ、インドネシア、韓国への金融支援に追随して日本は国別で最大規模の支援を行い、主要7カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G7)などの機会に、アジアへの貢献のため一連の東南アジア安定化緊急対策を表明してきた。
アジアが通貨危機を乗り越え、再び勢いを取り戻すには、当面の流動性不安の解消だけでなく、ドル偏重の為替政策の転換を図ることが必要である。将来アジアが安定的に経済を運営していくためには、対外経済との依存関係を反映した弾力的な為替政策が望ましい。それを促すには、経済の依存関係の強い日本が円を全面に出した支援を行い、積極的な外交を展開する必要がある。同時に、アジア側が円での支援を選びやすい素地を整え、円がアジアと日本を循環しながら、経済復興に役立つようにしなければならない。
森首相は、ASEANと日中韓三国の首脳会談で、急激な資本に移動などによって一時的に資金繰りが苦しくなった国に外貨を融通する「通貨スワップ協定」の対象国(現在は韓国とマレーシア)を拡大する方針を表明した。通貨危機を未然に防止するための柔軟な資金供給体制を日本主導で拡充するのが狙いで、緊急時には、IMFの支援が決まる前でも、一定額の短期融資を行う制度づくりを進める方針だ。
終わりに
日朝国交正常化は朝鮮半島の平和と安定、北東アジアの安全保障に大きく寄与するものである。これまで北東アジアの平和と安定を妨げる最大の要因となってきた日朝の不正常な関係が取り除かれれば、北東アジアの多角的な経済協力、地域経済統合への動きも加速されることになろう。
日朝国交の正常化が進展するかどうかは、金正日総書記が平壌共同宣言で行った約束を誠実に実行するかいなかにかかっている。
北朝鮮は7月から食糧配給制度の廃止、市場価格(ヤミ)の追認、賃金の大幅引き上げ、外貨兌換券の廃止と交換レートの調整、税金の復活、専門経営者の制度化、独立採算性の復活など一連の「市場経済化」措置を実施した。その背景には、食糧不足など国内の経済危機がいよいよ深刻化する中で、かつて1870年代末に中国が、そして80年代半ばにベトナムが実施した市場経済化に訴える以外にないという切羽詰った事情がある。
北東アジア地域の平和と安定維持に不可欠なのは関係国間の「信頼醸成を図るための枠組み」の整備である。今後の正常化交渉で日本は、北朝鮮の言行一致を確かめつつ、真の平和と安定の秩序を構築していかなくてはならない。
|